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立ち止まっていると転びはしないけど、新しい世界には踏み込めない

じぶんの意見や考えを言い切るということ

f:id:ergodic:20090509140603j:plainじぶんの意見や考えを相手に伝える時って、恥ずかしい感覚がある。

言い換えると、人との会話の中でじぶんがどう考えているのか、それを話したり、文章にすること、つまりオープンにすること、それらをまとめて伝えるためにじぶんなりの「結論」を出していくことが、時にはかなりの勇気がいるのです。なぜなら、じぶんがどう考えているのかを"言い切る"必要があり、その発言をしたことでじぶんにはそのことに対して"責任"というものが生じるからです。なぜ言い切れないのか?をじぶんなりに考えてみたのが、以下の3つ。

  • 「そんなことも知らないのか?」と思われたくないけど自信がない
  • 「意外と知識持ってるね」と思われたい
  • 他の人から揚げ足とられたくない

少なくともこの3つを意識して会話していると、どうしても言い切る語尾で終わらせることができずにいることが多いです。言い切ろうとすると、じぶんの内面深くに入り込む嫌な感覚が出て躊躇してしまいます。いわゆる照れとか羞恥心的なものかもしれません。すると、決まって語尾は「~だと思います。」「~と考えているけど、もしかすると〇〇かもしれません。」となるとし、メール文章もそんな文体になりがちです。だから、なんとなく曖昧な表現になるから、相手に何も伝わらないばかりか、そのことに対して真剣に考えているのか?対応していないのではないか?と思われるような逆効果なことさえ起るのです。

ただ、最初に記した通り、言い切ることは"責任"が伴います。なぜ責任を逃れようとする動きになるのかというと、話す対象・事象・考え事について熟知をしていない、もしくは(ズバリ見抜かれている時もあってカチンとくるのですが)真剣に向かい合っていないということもあるのだと思います。熟知してることにあえて、「~だと思います」「~かもしれません」は基本的にはないし、そんなことも知らないのか?にはなりません。揚げ足とられても打ち返せるはずです。言い切るためには熟知すること、真剣さが大事ということです。自信につながるからです。

で、問題になるのは、2つ目の「意外と知識持ってるね」と思われたいことです。熟知できていないことに真摯に向き合うことが一番なんです。知ったかぶりに輪をかけた感じ。だからそういう時はだいたい発言しても、間違っているのではないか?と羞恥心全開なんです。そんな状態で揚げ足まで取られると恥の上塗り大作戦。もう、心はボロボロです。

モヤモヤしているんです、それに対して何がモヤモヤなのか?何がわからないのか?を間違ってもいいからとにかく言い切ってみる、言葉にして相手に伝えることをまずやってみる。はじめっから完璧なことなんてないのですから、トライ&エラー感覚で言い切ってみる。揚げ足もあるでしょうが、イチ意見としてもらうだけで本筋じゃなければ無視すればいい。いま、重要なのは「言い切る」ことだから、他人を気にしてはいけない。

先に挙げた3つの言い切れないポイントが

  • 「そんなことも知らないのか?」と勝手に思わしておけばいい
  • 「知識豊富である」と思われてもそれは単なる自己満足にすぎない
  • 揚げ足とりは外野の部外者の声と思って気にしない

と理解することで、もっと普段から「言い切る」ことができるようなるし、もっともっととじぶんのストレートな考えや思いが自然と言葉になり、相手に伝わるのではないかと考えます。相手にもっと響く言葉もでてくるんじゃないかと。

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