another-place ver.3.1+

立ち止まっていると転びはしないけど、新しい世界には踏み込めない

時間価値を上げるということ

f:id:ergodic:20150829193055j:plainVia: Joe Bar (CC BY 2.0)

あなたが実践したいと思う「Play」って何か?

先日会社内の取組みの一環でおこなった、とある座談会的な集まりのテーマです。すべての人に平等にどうあがいたとしても一日が24時間である、でもその時間の価値を上げていくにはどうしたらよいか?的なお話です。毎日仕事タスクに勤しんでいる中、こういうお話をできる時間を作ってくれること自体、ほんとう大変ありがたいことです。

時間の価値を上げるとはどういうことなのか?仕事時間の対価は「お給料」となると思いますが、お給料だけではなくて「お給料と自己成長」なのではないか?と。自己成長すればするほど、同じ時間に対する価値は大きくなるし、それが時間の価値を上げていくと考えてます。そう、自己成長をセットで考えないと価値は高まらないと思うのです。そこで、成長するためには何がいるか?

マサチューセッツ工科大メディアラボの伊藤穣一所長は、

「創造的な学びには4つのP、Project(作る)、Passion(情熱をもってやる)、Peers(仲間とやる)、Play(遊びながらやる)が重要であり、なかでもPlayは創造的な学びにとって一番大切である」

とおっしゃってます。

そんな「Play」に焦点をあてたとき、Playって仕事するうえで何なのか?自己成長につながるのか?、そして結果としてそれは時間価値は上がるのか?と。「Play」は「ちょっとした遊び心」であり、はたらくを楽しむうえでは、改善も、発見も遊び心から生まれると思うし、どんな業務でもPlayの要素が必要だ思います。でも、そのPlayをするためにはある種の「余力」が必要で、時間的・精神的な余裕が必要なんじゃないかと思うんです。あ、それもうちょっと効率よくやり方変えてみようと思っても、それなりの時間が余分に必要ですし、変化をするためにはいつもと違う労力が伴います。そして、変化することってイコール"成長"だと思うんです。成長って見た目含め「変化すること」だと思うんです。子供の身長が伸びるという物理的な変化と同じ?です(たとえがおかしいかも)。

座談会を通じて思ったのは、Playすることは、一つの仕事へのモチベーションじゃないかってことです。Playとは能動的に動くことだと思うし、それはつまりモチベーションであり、変化=成長につながるものなんじゃない?ってこと。でも、Playするには「余力」が必要で、時間的精神的な余裕がないと生まれない。となると、無理やりかもしれないけど、今じぶんが取り組んでいるタスクシュート術によるタスク管理は、Playをするための時間を生むツールであるともいえます。そんなぼくの取り組んでいるタスク管理を座談会メンバーに披露したところ、一同納得してくれたのは、じぶんにも大きな自信につながりました。

自己成長からつながる時間価値向上、それには「Play」な要素が必要。まず、ぼくはその「Play」をするための時間を作るところから攻めて、時間価値を上げていこうと思います。

広告を非表示にする